(インタビュー実施:2005年)
- 山口
- JUNEの全体の佇まいと眼差しは、 “皮膚”という衣服に施すプリミティブな装飾の原点であるタトゥ、身を護るための装飾品を含めて、太古にいたかも知れない大和民族の青年の姿を、現代の都会のビルの谷の狭間で幻のように見たような気がします。日々の中で日本人である、ということは意識されていますか?
- JUNE
- たぶん「日本人のカッコよさ」は何なのか、ということはずいぶん意識してます。民族的なものへの憧れというよりは、いろいろ学べる機会もある中で、それをいかにミックスして取り入れて、自分なりの「美」としていかに表現するか、ということをすべてのものに対して行なっているような気はします。
- 山口
- 永遠に身に纏うことになるタトゥのモティーフやデザインを決定してゆく時の意識や、感覚はどのような経緯なのでしょう?
- JUNE
- 実は小さい頃、刺青はある時期になると自然に出てくるものだと思っていたんです。正義の味方が変身するかのように、生まれ変わるように、刺青が出てくるポイントがあるような気がしていたんです。いつしかそれが違うと知ってからは、「じゃあ何を入れる?」と、自分自身とずいぶん会話をしましたね。いちばん大切なことや忘れたくないことだったり、出会うべくして出会った彫り師の人に委ねたり、あるいはニュースで知った世界の動きに対して、自分がいかに学び、どういうアクションを起こすのかということの現れや決意が出てきたりしています。
- 山口
- 決定されたモティーフにはそれぞれどのような意味があるのですか?たとえば正面にある図形は?
- JUNE
- チャクラです。
- 山口
- 背中の中央に出現しているお方は、観音様ですか?
- JUNE
- これはまだ途中なんですが。……そういえば、自分の考え方には、家がクリスチャンだった、というのが大きく影響しているかもしれません。クリスチャンであるということをきっかけに、宗教とは何だろうと考えたり、世の中を見る見方もたぶん方向付けられたような気がします。若いときはカトリックを否定することもあったんですが、それがあったからこそ、ネイティヴ・アメリカンの人たちの考え方や、違った宗教観を学べるきっかけにもなりました。改めて十字架を意識するときに、十字架を背負って、という人はいますが、十字架をかぶっている人はいないなあ、と思い、首からかぶる様な形で十字架を入れました。他にも左腕によく見ると十字架が入っています。
- 山口
- 十字架をまとっているのですね。刺青の入っていない肌の部分までも十字架のかたちをしていますね。イエスと共に在ろうとする意識なのでしょうか。
- JUNE
- 自分の父方の祖母が、いちばん敬虔なクリスチャンだったんですが、ちょうど亡くなるときに十字架を入れたんです。そのときにカトリックの教義が云々というより、もっと単純に「キリストが何を言いたかったのか」とか「何が大切なのか」ということをすごく考えられる時間が持てて。で、おばあちゃんに感謝する意味も込めて、十字架を入れたんです。……まぁ、刺青にはそれぞれ意味があったりするんですが……、あとは秘密です。
- 山口
- キャンドルの作品を作ろうと思われたのも、クリスチャンである、ということが影響していますか?
- JUNE
- そうですね。ふだんの教会のミサではロウソクは使わないんですけれど、クリスマスの夜中のミサなど特別なときには、暗い中で信者全員がロウソクを持って集まっていました。それがたぶん、ロウソクとロウソクが作り出す空間との初めての出会いだったと思います。